【第一弾】
Marylandでの衝撃「当たり前のことを手抜きせずに全力で完遂する」
――MBA留学と米国ラクロス協会インターンを経験した”Joe”さんに聞く、日米スポーツの違い(1/3)
【第二弾】
クラスメイトとのディスカッションから見えた日米における倫理観や価値観の違い
――MBA留学と米国ラクロス協会インターンを経験した”Joe”さんに聞く、日米スポーツの違い(2/3)
【第三弾】
世界トップクラスの「フェイスオフ」。その技術と思考から考察する日本人としての世界における戦い方
――MBA留学と米国ラクロス協会インターンを経験した”Joe”さんに聞く、日米スポーツの違い(3/3)
日本人としての世界における戦い方
【IV 日本人としての世界での戦い方】
こういった現状を踏まえ、日本人として、世界で戦うには何が必要なのだろうか。日米間での考え方・アプローチの違いや、共通点について少し触れてみたい。
①日本人のアプローチ
10年前、当時の日本のトップレベルで(技術レベルが格段に向上した今は、言うまでもなくトップレベルには手も足も出ない。。。)ラクロスのフェイスオフというプレーをしていた際には、常に「駆け引き」を意識し、相手の得意な土俵に持ち込ませないことを心がけていた。これを実践するには、当然相手のことをよく理解する必要がある。それ故、試合前には必ず対戦相手のDVDを細かく見て、相手の持つ手数のレパートリーやその使い方の傾向と割合、それに対して自分自身がどんな手を打つのかということを常に考え、相手の土俵に乗らずに勝負を決める筋道を立てるようにしていた。このアプローチがハマると、相手は「自分の土俵」への持って行き方を見失い、「自分の強み」を見失い、頭の中に「?」マークが点灯したまま試合が進み、相手が試合中に修正する道筋を立てられないうちに試合が終わることになる。決して身体能力の高くない私が、身体能力が高い選手たちの中で生き抜くために見出した術である。また、日本でレベルの高い選手同士の対戦になると、互いに「相手の土俵」で勝負させないような駆引きが発生するため、玄人目線で見るとめちゃくちゃ面白いフェイスオフが見られる。このように、相手の情報を丸裸にし、その情報をInputすることに重きを置くある意味では日本的なアプローチを私は得意としてきた。
②米国流のアプローチ
では、世界最強に君臨する米国のラクロスはどのようなアプローチをしているのか?2017年にUS Lacrosseが主催したクリニックにおいて、フェイスオフの指導をしていたChris Mattes氏(当時Major League Lacrosseのプロラクロス選手で、University of Marylandラクロスのフェイスオフ・コーチ。翌年からNFLのNew England PatriotsでPlayer Operations & EngagementのCoordinator に就任)に対戦相手とフィールド上で対峙する際のスタンスについて質問してみたところ「対戦相手の得意なスキルの分析は行い一定の対策は事前にするが、それよりも自分の最も得意な技を出し切ることを重視している。結局、勝負の大事な局面で切り出すのは自分の最も得意なスキル。それを貫くことでフェイスオフを獲得できる確率は上がるし、それで負けたら仕方ない。」と、あくまでも「自分」を出すことに重きを置いていた。また、同じくMajor League Lacrosseのプロ選手で、インドアラクロスのプロ選手でもあり、2018年ラクロスW杯の米国代表最終候補まで残ったBrendan Fowler選手も「自分の得意技を2つ3つ準備しておき、それを順繰りにぶつけることで相手に相性の良い技を選ぶ。それ以上、相手に合わせるようなことはしない。」と「自分」を出すことに重きを置いていた。つまり、米国式アプローチは、いかに自分を出し切るか、というOutput重視なのだ。この違いは非常に興味深かった。
③リスペクト、信頼関係の大切さ
こうした違いがある中で、日本人として世界で通用するには、まずリスペクトを勝ち取ることが最も重要だと思う。「これだけ書いといてそこかよ」と指摘を受けるかもしれないが、リスペクト(≒信頼関係)無くしては何も前に進まない。MBA生活においても、US Lacrosseでのインターンでも、現担当業務においても、話が前に転がったのはリスペクトを勝ち取った時だった。カッコつけて調子の良いことばかり言って本質的なことを何も言えない者は、人種や言語を問わず信頼は勝ち取れない。米国人であれ日本人であれ、それが理由でリスペクトを失った者をこれまで何人も見てきた。反対に、ビジョンを掲げて、論理・筋道を立て、苦労や失敗を厭わず、紳士な姿勢で、冷静に、だが情熱をもって物事に対峙する人は、人種や物事を問わず信頼を勝ち取ってきたのも何度も見てきた。たどたどしくボキャブラリーも乏しい英語しか話せない中国人のクラスメイトは、誰よりもファイナンスが得意でその知識で多くのクラスメイトを助けて厚い信頼を獲得していた。米国においてラクロスの体系的普及に30年以上の長きに亘り誰よりも情熱を注いできたUS LacrosseのCEOは、国内のプロリーグや諸国のラクロス協会からも絶大なリスペクトを得ている。彼は30年近く前に自宅のガレージを改装した事務所でたった1人でUS Lacrosseを立上げ、様々な壁にぶつかりながらも米国のラクロス組織を取りまとめ体系化していった結果、現在は全米Top50のNPOにもランクインする組織にまで成長させ、100人近いスタッフを率いている。私自身の経験を振り返っても、化石燃料取引の交渉においては、(開示可能な範囲で)自社の抱える悩みや苦労・課題、それを解決することによって実現したい姿、なんかを具体的に筋道立てて話した場合の方が、四角四面の綺麗ごとを並べて一方的にこちらの要求を振りかざした場合よりも、はるかに建設的な議論が展開できるだけでなく、カウンターパートとの信頼関係が継続し次なる取引にも繋がりやすかったという実感がある。こういった相互リスペクトの土台が築ければ、実はアプローチが日本的なのか米国的なのか、はあまり関係無いのかもしれない。(ただ、自身のアプローチはどちらなのか、相手のアプローチはどちらなのか、と認識しておくことには大きな意味があると思う。)
④時間のROIを最大化せよ
日本的アプローチ、米国的アプローチ、いずれのアプローチを取る場合でも留意しておきたい考え方がある。それは「時間のROI(Return on Investment)」である。個人的に、MBA在学中に出会った言葉の中で最も印象的なフレーズは「時間のROIを最大化せよ」という言葉だった。投入する時間に対するアウトプットが最大値となるポイントを目指せ、という主旨であるが、この考え方は、スポーツ、ビジネスのいずれにおいても活用できる考え方だといえる。「当たり前のことを手抜きせずに全力で完遂する」ことは、時間のROI向上の観点で理にかなっているし、だからこそMarylandをはじめ米国の学生アスリートがこのスタンスを貫き通しているのだ、と気付かされた。スポーツにおいてもビジネスにおいても努力が必要不可欠なのは明白だが、努力の方法や時間の割き方を工夫しないと、とんでもなく時間のROIが下がる。遮二無二にに長い時間を割いたとしても、これまた時間のROIは下がる一方だ。時間のROIを高める意識がこれからの日本では必要だと思う。半強制的な環境下とはいえ、米国の学生アスリートはそれができているし、米国のビジネスカルチャーの中では無駄な時間の使い方は忌避される。自覚したうえで敢えて長い時間を費やすならまだしも、無自覚に、或いはただ「安心」を得たいがために長時間の練習や仕事を行うことは、自らの可能性を狭めていることに他ならない。デッドラインが迫ったタスクがあったり、大事な試合が近かったり、とたまには1つのことに没頭する時期もあっても良いが、1年間ずっとその状態が続くと、手段と目的が容易に入れ替ってしまう。それよりも、限られた時間を最大限に活用し、1つといわず2つ・3つのことに併行してフォーカスするようなスタイルを、学生アスリートをはじめ若い世代から磨いていくカルチャーが形成されれば素晴らしいと思う。例えば、経済学とラクロスに併行してフォーカスできれば、ゲーム理論から発想を得たラクロス戦術のアイディアが生まれるかもしれないし、ラクロスの普及を経済学の実例サンプルとして捉えることができるかもしれない。物理学であれば、走り幅跳びのフォームを分析するうえでも相性が良いかもしれない。このように併行していくつかのことにフォーカスすると、相乗効果も期待できるだろうし、その相乗効果を意図的に勝ち取っていく時代に既になっているのではないだろうか。
現に、私は勤務先にてデュアル・ワークという制度を活用している。勤務時間全体の80%を担当業務(化石燃料取引)に充て、残りの20%を社内副業に充てるというもので、私はこの20%の部分で新規事業検討を行っている。化石燃料取引での経験が新規事業検討に、新規事業検討での経験が化石燃料取引に、相互に良い刺激をもたらしている実感は強い。今後、私自身がどのような道を歩んでいくのかわからないが、ここで述べた経験が私の糧になっていくことは間違いないだろう。
冒頭に述べた「当たり前のことを手抜きせずに全力で完遂する」Marylandの姿を目の当たりにした後輩たちには、マルチタスク管理や時間のROIといった考え方も理解・吸収しつつラクロスにおいてもビジネスの世界においても、これからの日本を牽引する存在になっていってほしい。私も彼らに胸を張れるよう、日々前進したいと思う。
(おわり)